高円寺千夜一夜 第四夜 高円寺のビーナス ハニー(彩華)ちゃん ハニーちゃん、と彼女のことを呼ぶのは「ぐ」のマスターのくまさんと私だけかもしれない…だって二人でつけた仇名じゃなくって「敬称」なのだから…。 彼女は今、彩華(あやか)という名前だ。今、というのは、たしか去年あたりは優子ちゃんだったからだ。時々名前を変えるらしい…、そして今回の彩華というのはなんでもすごい大金を払って、そういう専門の人に付けてもらった名前らしい。 ハニーちゃんは新宿でホステスをしている、若くて、すごくゴージャスな雰囲気の女性だ。 彼女は背が高い、仕事場で9センチ位ヒールのある靴を履くと、百八十センチぐらいになるという。最近はほとんど赤か、紫のロングドレスを着ることが多いという。 「何で赤と紫なの?」私が聞くと、 「黒いドレスとか着ているコもけっこういるでしょ…赤とか紫だと、場が明るくなっていいでしょ…だから」 「そういうドレスって、どこで売ってるの?」 「お客さんに仕立てもらう事も多いけど、デパートの冠婚葬祭コーナーで買うの…」 「でも、ハニーちゃんのタッパに合うドレスなんて売ってるの?」 「うん、アメリカからの輸入物だから、丈は全然大丈夫…でも何だかチープな娼婦みたいになっちゃう!」 ハニーちゃんはそう言って、照れたような顔で笑った。 もし私がリッチな男性だったら、是が非でも、何がなんでもハニーちゃんの店へ行き、ハイヒールを履き、ロングドレスを身に纏った彼女のあで姿を見てみたいものだ、と思った。 「お店で仕事とかしていると、どんな時が楽しい?」 「そうですね…きみと会うと元気になるとか、帰りがけに、明日も仕事頑張れる…とかいわれると、すごい嬉しい」 と、こんなハニー(彩華)ちゃんと私が親しくなったのも、たしか「ぐ」のくまさんのお店でだった。 私は自分が元もとボーイッシュなせいか、彼女のようなセクシーでゴージャスな女性が大好きなのだ、(例えばマリリンモンローとか)。 でも彼女はただ見た目が可愛いだけではなく、東京は荻窪の瓦職人の娘…ようするにチャキチャキの江戸前の女の子なのだ。 仕事が終わるとカジュアルな服を着て、いつも一人で高円寺の何軒かのバーで飲むらしい。そんなハニーちゃんに対して、いろんな人が(男の子、女の子、年上、物凄く年上の人までもが)なんとか彼女にかまってもらいたくて、ぐずったり、からんだり、駄々こねたりもする。そしてそのたびに彼女は、 「うるさいんだよ!」とか「お前なんか嫌いなんだよ!」とか言うのだけれど、その声はちょっとハスキーで甘く、そう言われた人は皆、さらにそう言われたがっているように見えるのだ。 「ハニーちゃんは高円寺の宝だよ…ハニーに本気で嫌われている人だって、みんなハニーちゃんのことが好きなんだよ…」 「ぐ」のくまさんは、そう力説した。そうだろうな…と私も思った…そして言った。 「私はハニーちゃんは高円寺のビーナスだと思うな…」 最初の頃、ちょっと話をしただけで、彼女がとても気を使うというよりも、もっとアグレッシブに、気働きがすごいひとだと感じた。けれども江戸っ子で照れ屋の彼女は、それをとても自然にさりげなく…おそらく気が付かない人は死ぬまで気が付かない…という感じで、他者に接するのだ。 この並外れた優しさは、一体どこから来るものなのだろう…。 きのうの夜、私は彼女と話をした、それは宇宙人の話だった。 それはハニーちゃんが五才の時、近所の遊歩道でロ―セキ遊びをしていた時の事だった。フト、顔を上げて上を見ると、四メートル位ありそうな巨大な人型のものが、目の前を横切って行ったという、そしてそれはあたかもシマウマの様な感じで、シマシマだった…、隣りで遊んでいた友達に、 「ほら!見て!見て!」 と叫んだのに、そのコはトロくて、下を向いたまま、ローセキ遊びに夢中で全然気が付いてくれず、彼女は恐くなり、泣きながら家に飛んで帰り、親に向かって、 「恐いよ…恐いよ…」 と、今自分が見たばかりの物の事を訴えた…しかし、まったく相手にされず、仕方なく友達に話してまわったら、何と、みんなから「嘘つき」と言われるようになってしまったという…。 「自分が子供だから、誰も信じてくれないのだろう…きっと大人になったらみんな解ってくれるのだろう…」 彼女はその時そう思ったという……、そして大人になってから、その話を大勢の人に話した…でも信じてくれる人は滅多に居なくて、さんざん話した結果…今までに本気で信じてくれた人は、たったの五人ぐらいしかいないという…。 ハニーちゃんはそう言った。そして続けた。 「でも…お店に来るお客さん達は、この話をすると、私に嫌われたくないから…ほとんどの人が、信じるって言うの…(笑)」 今度又、高円寺の「ぐ」や「ペンギンハウス」とかで、彼女に出会って、一緒に飲んだりする時、私はもう一回この「宇宙人の話」を、聞こう…、そして当然、 「私、その話、信じる!」 そう言おう…。 だって、彼女は高円寺のビーナス(愛と美の女神)なのだから…。 次(第五夜)を読む 前(第三夜)に戻る 千夜一夜TOPに戻る |