高円寺千夜一夜 第十夜 トナことベースの増吉俊彦(ますよしとしひこ) 「そうだ、メンバーを募集しよう!」二千四年五月、私は思った。私のバンド「ミッドナイトスペシャル」は色々な事情からその四年前くらいから集合離散を繰り返し、ライブとか仕事のコンサートをやる時にはそのつど色々なミュージシャンに声をかけて何とかやってきたが、そういう状態に私は疲れてきていた。オリジナル曲中心でライブを続けたい、やはりそのためには固定メンバーでやるのが一番いいに決まっている。幸いその四年前にいったん辞めたギターの有海君がメンバーとして戻って来ていた。これを機にバンドを再編しメンバーを固めたい。 私は小さなポスターを作り、私達の経営するライブハウス「ペンギンハウス」のトイレに貼り付けた。「求む・ベース、キイボード!」そしてそれを見てさっそく二人のミュージシャン、ベースとキイボードが現れた。(後でよく聞いたらポスター見ただけではなく、うちの、ペンギンハウスのマスターの紹介もあったらしい…が)さっそくセッションだ!私はオリジナル曲の譜面を差し出し、それから定型ブルースのコード進行を説明して一緒に音を出してみた。増吉君は明らかに緊張しきっているのが分ったけれど、それを差し引けばとても鋭いノリの感覚とシャープな感性が光っているように感じられた。 「二人とも即採用だ!」私はそう思った、そしてすぐさまトイレのポスターを引っ剥がした。そしてギターの有海君とやって来たベースの増吉君と飲みに出かけた。(ドラムスの瀬山君と応募してきたキイボードの榛村美世子はその後用事があったので)まだ太陽が頑張っている午後四時頃、こんな時間でもやっている居酒屋があるのが我らが高円寺だ。 私と有海君は目を輝かせながら増吉君と話し、共に飲んだ。彼の音楽歴、彼の今まで等々、それによると彼増吉君は高知県高知市の出身、何と三才の時から十五才までバイオリンを習っていたという、そして中学の時にパンクの流行が来た、そしてその影響を受けた彼はアコースティックギターのサウンドホールにカラオケマイクを突っ込んでラジカセからボリューム全開で鳴らすとひずんだいい音が出たので、それを一人で弾きながら家で踊っていたという…中三の時にはビートルズとかストーンズのコピーバンドを始め、(家がエレキ禁止だったのでエレキギターは借りてやっていた)そして高校では進学校だったので本当はパンクがやりたかったのだけれど周囲はそういう環境ではなかった。そして彼は中央大学文学部哲学科に進学、東京へ出てきた。 東京で色々なライブハウスへ頻繁に通うようになった増吉君はそこで知り合った人たちとバンドを結成して活動を始める、がしかしその頃どうやったら「ロフト」とか「屋根裏」とかのロック系ライブへ出られるのかよくわからなかったので「テイクオフセブン」というところへ一枚二千円のチケットを七十枚(十四万円)ノルマとして買い取って、売れていないメジャーなバンドの前座として出る、というような事をやるしかなく、他にも例えば「メジャーデビューさせてやるから…」とか言われて出かけて行ったら、気のふれたホモの人だったりとか(笑)聞けば色々苦労したらしい。 私が彼の話を聞いて一番驚いたのが大学時代、彼は「セクト」をやっていて、仲間四十人位と大学を封鎖、占拠した話だ。 「セクトって…もうそんな時代じゃなかったんじゃないの?あったの?大学にセクトなんて?」私がそう言うと 「作ったんです、それでピケとか張って中で映画会とか、ほかの大学から先生を呼んでの自主講座とかをやっていました」 凄い行動力だ…私は感心してしまった。彼はその時もパンクバンドをやっていたという。 そしてその「ピケット」のせいで大学から除籍になったというが、なんて根性入ってるんだろう…私はますます感心した。だてにパンクやってた訳じゃないんだ…すごい。 私は彼に「トナ」というコードネームをつけた。理由は何となく目がトナカイに似ている、と思った、ただそれだけであっという間に彼はバンド内では「トナ」と呼ばれる事になったのだ。 トナはその時点で「PigMEN」という完全パンクバンドを十年間、「gaji」というちょっと抽象的なロックバンドを五年間、二つ同時にやってきていた。 そして冒頭のセッションの日から七月、九月、十一月と三回「ミッドナイト」でライブをやって、今の心境は?という問いに対してトナは私達のバンドに関して、 「何かもう完成して出来上がっていて、ブルースばっかりやっているようなバンドなのかと思っていたら全然違っていて、考え方が柔軟で一緒にやっていてムチャクチャ楽しいし、ドキドキするし自分で自分のコピーをやるような息苦しさがない。今まで頭でっかちで考えていた事がどうでもよくなってきた。バンドの中で自由に音を出してそれがそのまま個性として出せればいいのだと思うようになってきた…」 彼はそのような事を言ってくれた。どう考えてもお世辞を言うようなタイプではないし、(お世辞を言うパンクスって存在矛盾のような気もするし)だから私はとても嬉しかった。それと共にずっと一緒に音を出して行けるメンバーが私達のバンドに入って喜んでくれているのがまた嬉しかった。 「今後はどうなっていきたいの?」私は聞いた。 「そうですね、今まではバンド活動が主で、そのために仕事とかしてバランスを崩していたので、これからは守りに入らずに仕事もちゃんとやっていけたらいいと思います」 トナはそう言った。リハーサルの時などにもいつも感じるのだが、彼はいつも純粋で、まっすぐで、シャープな人だと思うのだ。 次(第十一夜)を読む 前(第九夜)に戻る 千夜一夜TOPに戻る |