高円寺千夜一夜   第十二夜


カメラマンの石山貴美子さん

 彼女はプロのカメラマンだ。私と同じ団塊の世代。私達が知り合ったのはずいぶん前、お互いが三十二、三才の頃、渋谷は道玄坂にある大きなライブハウスに私が出演したのを石山さんが観にきたのがはじめての出会いだった。

 舞台関係の仕事をしている人からの紹介で彼女はそのライブへ来てくれたのだけれど、そのはじめての感想が「素晴しい、ものすごい存在感…だから個人的にはかかわりたくない…」というものだった。そして…それなのになぜかそのあとからわりあいすぐに何となく友達付き合いが始まり、今にいたっているのだ。

 今回この記事を書くにあたってあらためて石山さんがなぜ、そしてどうやってプロのカメラマンになったのか?というのを聞いてみた。

 そもそもお兄さんがカメラを持っていて石山さんが小さい頃よく写真を撮っていて、その影響なのか中学の修学旅行のとき、自分が撮った写真をみんなが良いといってくれたのが嬉しかったのと、高校生の頃テレビで「事件記者」とか「地方記者」とかいうドラマをやっていて、それに出てくる正義感に溢れた記者とかカメラマンに憧れていたという。そして写真学校を出たあと、二十二才の時知り合いの紹介でその頃あった「面白半分社」という出版社にカメラマン兼編集者として入社してそこで八年間、色々な文化人とか役者の人とか作家などと取材を通じて知り合い、楽しく仕事をしていた。「面白半分」という雑誌は、売れっ子の作家の人達が半年交代で編集長を務めることになっていて、吉行淳之介、開高健、野坂昭如、五木寛之、藤本義一、田辺聖子などなど、そうそうたる作家の人たちの写真を撮ったりしていた。そしてその間にも「NOW」という雑誌でグラビアページをかざり、そこで初めてカメラマンとしてデビュー独立したような気分がしたそうだ。

 そして三十才になったとき「面白半分社」を辞めてフリーのカメラマンとして「non・o」とか「モア」とかを始めとして色々な雑誌で仕事をした。「面白半分」という雑誌は石山貴美子さんが辞めてから三、四年で廃刊になり、そこで育った人達があちこち色んなところで編集者として活躍をはじめ、その人達が写真の仕事なら石山さんに…という感じでそういう方向からも次々に仕事が入るようにもなったそうだ。

 今回取材がてら一緒にワインを飲みながら二人で色々な話をした。
「最近はどんな事考えてます?」私が聞くと石山さんは「そうね、年齢のせいか今まで自分が生きてきた事、それにたいする締めくくりのようなもの、それを何かうまく楽しくまとめて締めくくりたいわ」

 そう言って、それから彼女の写真集の出版について教えてくれた。それは作家の五木寛之さんが日刊ゲンダイにずっと連載してきた「流されゆく日々」というエッセイに石山さんがずっと撮り続けてきた五センチ×五センチのカット写真、主に風景とかイメージの写真、そのなかからセレクトして「新宿書房」という出版社から今年の九月に発売されるというからすごく楽しみだし、それにもうすぐだ。

「よく写真集っていうと本棚にも入らないような大きなものが多いじゃない?そういうんじゃなくてふつうの本みたいな大きさにしたいのよね…」

 彼女はそう語った。昔っから石山さんはセンスが良いのだ。家に遊びにいったりした時とか、どこか仕事で会ったりしたときとか、いつもそのさりげないセンスの良さには感心してしまう…素材を重視してたとえば布で言えばアクリルとかナイロンじゃなくって、落ち着いたアースカラーの木綿とか麻の風合を大事にする…というような大人っぽい、素朴でエレガントな感じが彼女は好きだし、彼女自身がそういう風に余計な飾り気が全然ないのにとてもエレガントなひとなのだ。

「今後将来へ向かっての希望とか予定とかは?」私は聞いた。
「写真というもの自体がもともと記録的なものだから、日本の芸能とか文化とか建物とか、歴史の中で消えていくかもしれないものを記録しておきたいし、この先パソコンを使いこなして文章を書いたり、今まで自分が撮った写真を全部それに入れて管理して、出版社から依頼があった時そこからすぐに送れるようにしたりできたらいいと思うの」

 彼女はそう答えた。女性で、カメラマンで、しかもプロとしてずっと生活してきたというだけでも本当にすごいことだと私は思う。自分の仕事に技術に誇りと自覚を持ち、そしてたゆまぬ努力を続けて今日に至っているにちがいない…。

 そしていきなりわたくし事になるのですが、実はちょうど十日前(四月四日)からタバコを止めて、おとといボーとしながらインタビューをして、ろくに気のきいた質問もできずに、昨日今日とこの原稿をやはりかなり呆然とした状態のまま書いています。そのため今日になってあわてて石山さんに電話してインタビューの追加をしたりしました。

「あの、ふだんどういうところに心がけていますか?」

「そうですね、やはり会社とかに勤めているわけではないので、朝、昼、晩の時間がルーズにならないように、自己管理には気をつけています…そう言ってもけっこういいかげんに毎日暮らしているのかもしれないですけどね…」

 彼女はそう言ったけど、私なんかの基準でいったらものすごくストイックな生活をしているにちがいない…(もっとも私がいい加減すぎるとも考えられるが)そういう内なる律がなければ逆に自由業など成立するはずが無いのだ。

九月の写真集…今から楽しみ!


 次(第十三夜)を読む   前(第十一夜)に戻る

 千夜一夜TOPに戻る