高円寺千夜一夜  第十四夜


福娘紅子こと青木元子さん

 彼女は私がやっている「仲田修子&ミッドナイトスペシャル」というバンドのファンであり友人でもある。私達の音を初めて聞いたのはもう十五年くらい前だという。それまでブルースというのは憂歌団のような重く暗いものだと思っていたのだけれど私が歌った軽くて粋なブルースを聴いてその肩の力の抜けたカッコ良さに惹かれたという。

 元子さんは今は主婦であり十才になる娘さんがいる。それでも生の音楽を聴くのが好きで好きでたまらないのでいろんなミュージシャンのコンサートとかライブとかに時間をやりくりしながら出かけて行く、そんな彼女を昔から(結婚当初から)主婦なのだからそんな所へ通うのは変だとか不良だとか、彼女の旦那に向かって「もっとしっかりしなければ…」とか余計なおせっかいを言う人までいたらしい。その話を聞いた私は言った。
「主婦がライブとかコンサートに行くのが不良だというなら、私なんてライブに行くどころかライブに出て歌っているわけだから不良の元締めって感じ?」

 二人でビールを飲みながら笑った。そして頭の悪い男ほどとかく女性に対して威張ったり自分より低い存在だと思い込んだりする傾向が強いという話で盛り上がった。

 元子さんは私の苦手なべったりと男にしがみつくようなタイプの女性とは違ってとても軽やかに自立しているひとだと思う。別に肩肘はって女性の自立とかを叫ぶようなこともなく、結婚とか子育てとかを真面目にとらえてそれはそれでちゃんとこなしつつ自分のやりたいことをやり、行きたいところへは行くという、とてもスマートな生き方をしていると思う。

 彼女は音楽を聴きに行くだけではなく、「福娘紅子」というペンネームで小説も書いている。そして私には詳しいことはよくわからないのだけれど、ネット上でギャラがもらえる短編小説も書いているという。そんな元子さんは私のライブのたびにライブレポートを書いてくれているのだ。そのレポートはいつも丁寧で私達のバンドへの愛がありかつ尊敬してくれているような感じがしていつも読むたびに心からお礼を言いたくなる。

 私達「ミッドナイトスペシャル」は四、五年前から一時解散状態(三、四年ほど)になっていて、私は仕事のコンサートをこなすために色々なミュージシャンをサイドメンとして演奏を続け、時にはジャズのトリオでジャズスタンダードまで歌っていた。そして必死の思いで再編した新生「ミッドナイト」に関して、

「それまでは、もう終ってしまったのだ…とあきらめていた。だから再編は夢のように嬉しかったし、奇跡が起きたとも思った。最近小学生の娘が聴いている音楽とかを聴くと、なにか深みが無いような気がして再編した「ミッド」を聴くと、何かに逆らって上へ登っていくような感じがあって、やっぱりこれだ!とあらためて思う」

 それにしても彼女は十五年も前から私達のバンドのライブに通い続けてくれているのだ。有難いと思う。

 今回の取材の日取りを決める時の電話で彼女は「私はオタクだから…」と言ったので、実際に会ったとき「元子さんて何のオタクなの?」と聞いたら、「マンガかな…でもね修子さん、オタクってそうじゃない人が言うと悪口でしょ、でもねオタクの人自身は自分のことあんまりそう言わないんですよ。自分なんてまだまだオタクっていうほどその世界に詳しいわけではなく、ただ好きなだけです、とか言うんですよ」

「なに、それって謙遜してるってこと?」
「そうなんですよ!」

 私はその話を聞いてほんとうに面白いと思った。ひとくちでオタクとかいってもその外側にいる人間と内側にいる人ではそんな風に意識が違うものなのか…とかなり新鮮な驚きがあった。こういう事はほんとうにインサイダー、あるいはそれに近い人からでないと聞けない情報で、よくおきてくるジェネレーションギャップからの争いなどはこういう隙間のずれが積み重なっておきているのかもしれない…などとも考えさせられた。

 私は昔から元子さんの知性的なところ…自己を客体として見ることができる…自分の感覚をできるだけ論理的に人に伝えることができる…そういうところが大好きだった。さらにルックスも感性も共に少年っぽい、そういう良い意味での「軽さ」がすごくいいと思っていた。初めて出会ってから十五年もたつのに、全然変らない…きっとずっと変らないだろうな…と思う。私の歌をどんな風に感じているのか?あらためて聞いてみた。

「一言では言えないけれど、語りすぎないところがいい、だけどすごい、凄まじいと感じる。さっき修子さんはライブというのは演奏者と観客のオーラの交換だと言ったけれど、とにかくものすごいオーラを感じるし、魂を客席に投げかけてくる。まるで自分の命を削って歌っているよう…だから聴いているとたましいとたましいのぶつかり合いのようなところがあるから、それを受け止められない人はやはりいるだろうし、音楽とか歌というものをもっと軽い娯楽のように考えているひとは一回さそっても次からはちょっとヘビイだといってこなくなるんですよ…修子さんの歌はなにかものすごい覚悟のようなもので歌っているから、観客席で聴くほうもやはりすごい覚悟が必要でその覚悟がある人だけが聴きにくるんじゃないですか?とにかく修子さんのステージはお客のほうだってものすごいパワー、聴くだけでもものすごいパワーを要求されるんですよ!」

 元子さんは熱っぽくそのへんのところを語ってくれたが、私はすこし申し訳ないような気にもなった。というのも私の主観では自分はライブで歌うことで人々に「娯楽」を提供しているつもりだったからだ。でもここまで熱く私の歌を愛してくれるファン兼友人を持っている私は何て幸せ者なんだろう…。

(福娘紅子サイトhttp://www.geocities.jp/hachigatsu888/


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